ドイツには、フランス料理や中国料理のような普遍的なカテゴリーとしての〈ドイツ料理〉は存在せず、また、フランス料理のように独立した芸術分野としてのドイツ料理があるわけでもない。むしろ、ドイツには、それぞれの地方で主として食されてきた郷土料理や、さらにそれを家庭料理として守ってきた伝統があるにすぎない。つまり、一般的に言ってドイツにはいわゆる食文化や食通といったものはほとんど存在せず、そもそもドイツ人は伝統的に〈食べる〉こと自体にそれほど大きな意味を見出してこなかったのである。ただ、こうした一般的な前提に立った上で、それではドイツ人の食生活を特徴づけるものが全く存在しないのかと問われれば、その答えははっきりしている。つまり、ドイツ人の食生活には明確な特徴があり、特に地方色豊かなパン、ソーセージ、ジャガイモ、それに白ワインとビールは、ドイツ人が世界に誇りうるものと言っても過言ではない。
今日ではドイツ人の食生活も非常に多様で豊かになってきた。ドイツの経済的な繁栄やヨーロッパ経済の一体化による流通システムの拡大のおかげで、食料品店や町の広場、土曜日の午前中などに開かれる市には、ヨーロッパ中から運ばれてきた野菜や果物類がところ狭しと並んでいる。さらに、食生活の変化は強いドイツ・マルクを懐に盛んに休暇に出かける彼らが、外国で美味しいものの味を覚えてきたことにも原因がある。大きな町にはイタリアやフランス料理はもちろん、ギリシャや日本料理のレストランさえ存在する。中国料理店などは小さな町にも必ず存在し、ごく普通のドイツ人がごく日常的に利用している。また、トルコ人をはじめとする外国人労働者とその家族の存在も大きい。彼らが必要とする食品を並べることは十分商売になるし、さらに彼らが利用するための料理店も増えることになり、これらに一般的なドイツ人も当然触れることになったからである。